韓国随一の穀倉地帯で、おいしい食べ物の宝庫といわれる전라도(全羅道)。魅力あふれる全羅道の文化と歴史を全4回に分けて紹介します。まずは全羅道の地理を中心に見ていきます。
全羅道の地理
한반도(朝鮮半島)の南西部、全羅道は、고려(高麗)時代の行政区分の名称の一つ「전라주도(全羅州道)」に由来し、전주(全州)の「全」と나주(羅州)の「羅」を合わせた名称だ(「羅」のハングルが語中のため라になる)。
全羅道という名称が使われ始めたのが同じく高麗時代の1018年といわれ、2018年に1000年を迎えた。
19世紀末、全羅道は노령산맥(蘆嶺山脈)を境に전라북도(全羅北道)と전라남도(全羅南道)に分けられ、解放後の1946年には全羅南道に含まれていた제주도(済州島)が道に昇格し分離した。現在では광주(光州)が광역시(広域市)となり、行政区分としては独立している。
この地域全体を指す場合は「호남지방(湖南地方)」と呼ぶ。
全羅道に位置する山脈と川
全羅道は、소백산맥(小白山脈)を境に경상도(慶尚道)と、금강(錦江)を境に충청도(忠清道)の一部と接している。
全羅道には호남평야(湖南平野)や김제평야(金堤平野)などが広がり、朝鮮半島随一の穀倉地帯を形成している。
全羅道の西と南は海に面しており、水産業も発達している。서해(黄海)に面した목포(木浦)、남해(南海)に面した여수(麗水)は漁港としても有名だ。
リアス式海岸で比較的遠浅の海が広がっていて干潟も多く、養殖業も盛んに行われている。特に완도(莞島)は、コンブやノリ、アワビなどの養殖が有名で、中でもコンブやアワビの生産量は全国の7割以上を占めている。
全羅道は、前述のように、東に小白山脈、北に錦江が壁のようになって他地域と隔てられていたが、一方で海を通して、中国南部や日本との交流が盛んに行われた。
国立公園1号にも指定されている지리산(智異山)は、全羅北道・南道、경상남도(慶尚南道)にまたがっており、最高峰の천왕봉(天王峰)は、韓国では済州島の한라산(漢拏山)に次ぐ1915mの高さだ。
智異山の麓には544年にインドの僧侶によって建立されたとされる화엄사(華厳寺)がある(임진왜란・정유재란=文禄・慶長の役の際に全焼し17世紀に再建)。
全羅道を南北に流れる川、섬진강(蟾津江)は、14世紀に倭寇が侵入してきた際、数十万匹ものヒキガエルが一斉に鳴き始め、それに驚いた倭寇が逃げたことから名付けられたとされる。
この他、영산강(栄山江)は光州、羅州、木浦などを通り、黄海に注いでいる。
全羅道のお酒
全羅南道木浦に本社を置く보해양조(宝海醸造)の主力商品である잎새주(イプセ酒)と、木イチゴの実のワインである복분자주(覆盆子酒)が有名。
1960年代、진로(真露)と庶民の人気を二分したといわれる삼학소주(三鶴焼酎)も木浦にあった会社。
三鶴焼酎は、1971年の大統領選挙の際、同郷の김대중(金大中)候補に選挙資金を提供したことが박정희(朴正煕)大統領の怒りを買ったため、脱税の容疑がかけられ没落したといわれる。その後の焼酎市場は真露の独壇場となった。
全羅道の伝統酒には、조선(朝鮮)時代三大名酒の一つとされる、ナシとショウガを原料にした이강주(梨薑酒)がある。
全羅道とプロ野球
1982年のプロ野球発足とともに、全羅北道と南道を縁故地にして誕生した球団が、製菓企業を母体にした해태 타이거즈(ヘテ・タイガース)。
1989年に下着メーカーを母体にした쌍방울 레이더스(サンバンウル・レイダース)が全羅北道を縁故地にして参入したことで、ヘテ・タイガースの縁故地は光州を中心にした全羅南道だけとなった。
ヘテ・タイガースは、日本の中日ドラゴンズで活躍した선동열(宣銅烈)投手や이종범(李鍾範)内野手などを擁していた1980年代から1990年代中ごろまで、9度のシリーズ優勝など、常勝を誇った。
しかし、母体企業の経営悪化により、2001年、기아자동차(起亜自動車)に買収され、現在はKIA타이거즈(KIAタイガース)となっている。一方のサンバンウル・レイダースも母体企業の経営悪化で2000年にチームが解体した。
宣銅烈、李鍾範共に光州市の出身。宣銅烈は光州の象徴でもある山の名前をとって、무등산폭격기(無等山爆撃機)と呼ばれた。
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