約30年にわたって最高権力者の地位にあった박정희(パク・チョンヒ/朴正煕)大統領が暗殺された1979年の秋以降、韓国社会は一気に自由な空気に包まれ、1968年のプラハになぞらえて「ソウルの春」と呼ばれるようになった。
しかし、力によって朴正煕の後を継いだ전두환(チョン・ドゥファン/全斗煥)ら新軍部は、民主化を求める市民の声を踏みにじり、強圧的な政治を続けていく。
映画『서울의 봄(ソウルの春)』は、大統領暗殺後の混乱の中で秩序を守ろうとする人々と、権力奪取を狙う人々が火花を散らした1979年12月12日の夜の出来事を臨場感たっぷりに描き出す。
大統領暗殺後、権力を握るのは誰か?
大統領の暗殺後、事件の捜査を指揮する合同捜査本部長を兼任することになった保安司令官전두광(チョン・ドゥグァン)をけん制するため、軍人として強い信念を持つ이태신(イ・テシン)を首都警部司令官に指名した陸軍参謀総長정상호(チョン・サンホ)。
しかし、情報を一手に握る国軍保安司令部のトップであり、軍内の秘密組織하나회(ハナ会)をも率いるチョン・ドゥグァンは、この機会に最高権力者となることを画策し、クーデターを決行する。
キーワードは「国軍保安司令部」と「ハナ会」
事件の発生当時、現場近くに自宅があり、闇に響く銃声を聞いていたという김성수(キム・ソンス)監督。
そんな彼が実際に起きた出来事に映画的な想像力を加味して作り上げた本作は、未曽有の事態に対処しようとする人々の思惑が交錯する群像劇の中で「彼らはなぜ一夜にして権力を掌握することができたのか?」という問いの答えを、スリリングに見せていく。
ポイントとなるのはチョン・ドゥグァンが掌握していた「国軍保安司令部」と「ハナ会」。国軍保安司令部は、朴正煕政権下で中央情報部、大統領警護室と並ぶ中枢機関と言われていたが、「中央情報部長が大統領と大統領警護室長を殺害」という事件後、実質的に動ける唯一の機関となっていた。
また、戦時や戒厳状態では、全ての捜査権力を統制する権限も持っていた。一方、陸軍士官学校の同期たちがベースとなったハナ会は、軍隊内の各部署に会員がおり、固い団結力を誇っていた。
全斗煥をモデルとするチョン・ドゥグァンは、この2つの組織の力を駆使して、軍の中枢にいるチョン・サンホやイ・テシンを追い詰める。
韓国映画界を支える男優たちが集結
策略とどう喝を駆使して作戦を進めていくチョン・ドゥグァンに扮しているのは、『아수라(アシュラ)』(2016)に続いてキム・ソンス監督と組んだ황정민(ファン・ジョンミン)。憎々しさの中に人間味を感じさせるところが彼らしい。
そんな彼の前に立ちはだかるイ・テシンを監督の盟友정우성(チョン・ウソン)が力強く演じている。
その他にも、陸軍参謀総長チョン・サンホ役で『리멤버(復讐の記憶)』(2022)の이성민(イ・ソンミン)、後に大統領となる노태우(ノ・テウ/盧泰愚)がモデルの노태건(ノ・テゴン)役で『비상선언(非常宣言)』(2022)の박해준(パク・ヘジュン)、国防長官役で『특송(パーフェクト・ドライバー 成功確率100%の女)』(2022)の김의성(キム・ウィソン)、短い出番ながら強い印象を残す兵士役でドラマ『D.P.』(2021&2023)の정해인(チョン・ヘイン)らが次々登場。
「韓国の男優は全員出ているのでは?」と思ってしまうほど、多数の俳優たちが出演している。
朴正煕大統領暗殺に至る権力争いを見せる『남산의 부장들(KCIA 南山の部長たち)』(2020)や、この夜に権力を握った全斗煥らが、わずか5カ月後に市民に銃を向けた光州民衆抗争(光州事件)を描いた『택시운전사(タクシー運転手 約束は海を越えて)』(2017)などの作品と併せて見ると、より理解が深まりそうだ。