昨年、12月3日の夜、韓国の尹錫悦大統領が突然、「非常戒厳を宣布する」という談話を発表。国会議員たちが深夜の国会に駆けつけて解除要求決議案を可決したため戒厳令は6時間ほどで解除されたが、国内外に大きな衝撃を与えた。
『非常戒厳前夜』は、大統領就任前から尹錫悦氏についての報道を続け、強い圧力を受けてきた独立メディア「뉴스타파(ニュース打破)」が、当事者の立場からその日々を記録したドキュメンタリーだ。
独自の報道を続けてきた「ニュース打破」に対する圧力

22年3月の大統領選挙直前、尹錫悦氏が検察官だった時期の疑惑を報道した「ニュース打破」。大接戦の末、尹錫悦氏が大統領となると、“フェイクニュース”を流したとして、国会内外で「ニュース打破」への攻撃が強まる。さらにソウル中央地方検察庁が「大統領選挙介入世論特別捜査チーム」を編成。9月14日には、「大統領尹錫悦への名誉毀損」の容疑によって「ニュース打破」の本部と記事を書いた한상진(ハン・サンジン)、봉지욱(ポン・ジウク)記者の自宅への家宅捜索が行われる。
「ニュース打破」は、李明博大統領政権によるメディアへの介入によって公共放送を解雇されたり自ら辞任したりしたジャーナリストが中心となって立ち上げられた、徹底した取材にもとづく調査報道を中心とする独立メディア。12年から報道を開始し、市民からの支援で運営されている。公式サイトに掲載する文章や動画でニュースを伝えるほか、報道内容をまとめた映画も制作しており、国家情報院によるスパイ捏造事件の裏側に迫った『자백(スパイネーション/自白)』(16)や李明博、朴槿恵政権の言論弾圧の過程を追った『공범자들(共犯者たち)』(17)は日本でも公開されている。

捜査の様子を報道し書籍も出版

政治権力を背景にしたジャーナリズムの現場への家宅捜索という異常事態に直面した「ニュース打破」の記者たちは、動揺しながらもカメラを回し続け、捜査官たちの行動を記録。さらに24年10月には「家宅捜査対応マニュアル」を特別付録とする『압수수색(家宅捜査)』という本も出版する。映画の中には出版を記念したイベントの様子も収められているが、そのなかで記者が語った「尹錫悦は任期をまっとうできないでしょう」という言葉は約2カ月後に現実のものとなる。

「非常戒厳」の背景にあったものとは?

今年2月まで「ニュース打破」の代表を務めていた本作の監督김용진(キム・ヨンジン)は映画雑誌『씨네23(シネ21)』とのインタビューのなかで、以前から尹錫悦氏についての報道内容を整理して作品にまとめようとしていたと明かしている。そして「非常戒厳」という事態を受け、「検察による『ニュース打破』への侵奪が、不法戒厳の前兆であり、事実上のスタート地点だったという視点から新たに脚本を書き始めた」という。
「力を持っていればできないことはない」という政権の意思と、強い言葉で「敵」を非難する当時の与党議員たちの姿が登場する本作を見ていると、理解が難しかった「非常戒厳」の背景にあったものが少しずつ見えてくる。また、「ニュース打破」の記者たちは捜査に応じるため検察にやってくる度に、他社の記者に囲まれる。あるときキム・ヨンジン監督は「本来、ここに立つべき人は誰だと思いますか」という質問を投げかけるが、そこにいた誰一人として答えを返さず、しばし沈黙が続く。この場面に「ジャーナリストの本分とは?」という、この映画のもう一つのテーマが鮮明に表れている。
原題:압수수색: 내란의 시작
邦題:非常戒厳前夜
公開:(韓国)2025年4月24日(日本)2025年9月6日
監督:キム・ヨンジン
出演:尹錫悦、キム・ヨンジン、ハン・サンジン、ポン・ジウク