1960年代から活躍する写真家・桑原史成。水俣に生きる人たちの記録からキャリアをスタートした彼は韓国の現代史をとらえた写真の数々でも知られている。『100万カットの記憶』は、そんな桑原の業績と人間性に感銘を受けたコ・ヒヨン監督が、彼の歩みを振り返ったドキュメンタリー映画だ。
水俣からキャリアをスタート

1936年に島根県で生まれた桑原史成。1960年に東京農業大学と東京綜合写真専門学校を卒業後、雑誌に掲載された水俣病に関する記事に衝撃を受けて現地に向かう。そこで撮りためた写真を62年に発表し、写真家としてデビューを果たす。

64年以降、韓国を度々訪れるようになり、日韓国交正常化やベトナム派兵といった出来事が次々と起こっていた時代に生きた人々の「顔」を撮り続けた。
コ・ヒヨン監督との運命的な出会い

今作を手がけた고희영(コ・ヒヨン)監督が桑原とその写真のことを知ったのは偶然だったという。韓国を代表する陶芸家で高麗茶碗の復興に努めた천하봉(チョン・ハンボン)の取材をしていた際に、工房にかかっていた写真に目を留めた。

それはかつて同じ場所で桑原が撮った写真だった。自作のなかでその写真を使いたいと連絡をとったことをきっかけに桑原と知り合った彼女は、彼が韓国で膨大な数の写真を撮影していたことを知る。さらに、写真一筋に生きてきた彼の純粋な人柄にふれ、ぜひ、映画を作りたいと思ったそうだ。
写真に残された韓国の姿

韓国の写真評論家김승곤(キム・スンゴン)は、劇場用パンフレットに寄せた文章のなかで桑原の写真を「現代化のトンネルを通り抜けるなかで韓国が経験せねばならなかった汗と涙と血の旅程の記録である」と評している。その言葉通り、映画のなかに登場する写真からも、「出来事」だけでなく、そこにいる人々の感情が伝わってくる。

特に、이승만(李承晩政権)を打倒した4・19革命から5年後に行われた犠牲者追悼のための沈黙デモの写真には、「韓国のデモ」のイメージを覆すような静けさと痛みが感じられる。また、ベトナムに派兵される直前の兵士と家族、米軍基地とともに生きた女性たちの姿などにも、写真でしかとらえられない臨場感が込められている。検閲が厳しかった軍事政権下、韓国のカメラマンたちが撮ることのできなかったこれらの写真は、今や貴重な記録となっている。
桑原が取材先の韓国で声をかけて出会い、半生をともにしてきた妻・和子さんの姿も忘れ難い。経済的に苦しい生活が続き、何度も韓国に戻ろうとしたが「夫が、韓国人と結婚したために写真がとれなくなったと言われては困る」と、踏みとどまったという彼女の存在があったからこそ、素晴らしい写真が残ったのだということが、よくわかる。

原題:사진의 얼굴
© A SoomBe Production
邦題:100万カットの記憶
公開:(韓国)2025年9月2日(日本)2026年9月5日
監督:コ・ヒヨン
出演:桑原史成、桑原和子
公式ホームページ:https://www.sumomo-inc.com/1million
